怪獣と幽霊

colormal イエナガによる雑記

anode EP全曲ライナーノーツ

 レコーディングに入ったのは昨年11月頃、当初は瞳と22の一部をレコーディングしてシングルとしてリリースする予定だったが後回しに。2月を予定していたワンマンライブがコロナウイルスで延期したりと、本格的に製作をスタートしたのは6月下旬。そのままミックスも雪崩れ込んだので、正味なところ5〜6日間でスタジオ作業自体は完了していた。

Twitterにデモを作っては上げる、感触が良かったものから製作するというスタイルで幾つか曲は出来始めていたので、アルバムとしてパッケージするつもりが、予算とコンスタントにリリースしたいという気持ちもありEP2連作形態とすること。アルバム候補として挙げた楽曲がちょうど「明るい/暗い」と「歌モノ/オルタナ」で二分されていたので、今作は「明るく、歌モノ」を主題としている。

世間でここ最近発表される音楽は、どれも世相を反映したように影があるものが多い気がする。しかし僕らはコロナウイルス真っ只中で結成し、ライブの中止などはありつつも基本的には自分達のペースで活動出来た充実感もあって、anodeは厭世的な内容よりも個人の2〜3年を総括した詩曲の集まりになった。そもそもある程度想定のつく先のことなんて考えるほど鬱屈としてしまう人間だから、全員揃って先行きが不安になる情勢が心の底から不安だったかと言われると頷けない。世の中がどうとか、そんな事よりも自分のことで精一杯な人間が振り絞ったものってあまりに生活染みていたりする。

次作に関しては一転して「そういった」内容になると思われますが。

 

 つまりは分かりやすく良いものでなければ許されないという明快な目標のもと、今作に関しては大阪・日本橋のLubLabにて全てを完結させた(瞳を除く)。分かりやすいものを作ることは媚びではなく、祈りだと思っている。そう言う観点から言えば、凄く「祈った」EPだ。

自身としては今年頭からのライブ連投や取り巻く環境もあって、歌うことに対して考え方が変わり、それらの記録的な側面もある作品になった。

ワンマンライブに向けて、SOCORE FACTORYのかさごさんからSENNHEISERのe935をライブ用マイクとして借りたあたりがターニングポイント。我々はステージ内での音量が大きく、ボーカルが埋もれがちだったところに言い訳が効かなくなり、メンバーもそれを察してかなり空間を残してくれる様になった。この歌い方の変化に関しては、「瞳」とそれ以外の楽曲のボーカルの変化に分かりやすく出ていると思う。

MIXに関してもメンバー全員が立ち合い、主に自分がエンジニアの西平さんと話しこみながら作業出来たこともかなり大きいかも。田井中がこのスタジオに馴染みがあり、軽微な修正を含めて根気よく作業を繰り返せたことが個人的には良かったなと。

 

 

 

▼M1. 瞳 (1カポ)

 個人的にこれを超える楽曲は暫く作れないのではと思う程に自分の美学が詰まった楽曲。デモを連作する流れもこの曲を起点としているので、そういう意味でもリード曲。ボツ曲の断片を再利用する形で構成されているので、厳密に完成したのは2021年の夏頃。楽曲のポテンシャルに対してバンドが追いついていないけど、この曲がディスコグラフィーにあるのは誇れる。

 

 いつか作りたいと思っていたファイナルファンタジー8の非公式エピソード(リノア=アルティミシア説)を歌詞にすることで、以降作詞に関してもフィクションを楽しむ様に姿勢が変わったと思う。FF8に関しては端的にいうと「ヒロインがいつかはラスボスになってしまう」ループを繰り返すと言う、ファンによる考察のこと。英題の“eyes on me”も同作主題歌から。繰り返していくことでしか物事は変わらないわけですが、それはさておきどうなったら終わるんでしょうか というのがテーマ。

anode EP並びに制作中の次作を通して、ループ物作品に対して愛を込めたいという裏テーマにも繋がっている。田井中が肘部管症候群を発症する直前くらいに出来たはず。

 

 ギターはほぼ自分でフレーズを指定し、ベースに関しても今作のなかでは自分のラインがそのまま残っている部類で、コード進行に対するフェチズムがかなり盛り込まれている。ループしながら変化をしていく、と言う歌詞の内容に沿って作ったギターリフも我ながら良いものに。前作(losstime EP)の楽曲でも分かりやすいが、サビのコード進行に関しては途中で着地しないと言うのが割と拘りとしてある。スタートのGM7から最後のGm6まで一度も同じ和音を踏んでおらず、感覚的には大きな円を書くイメージ。Ⅳ⇒Ⅴ⇒Ⅲ ⇒Ⅵの進行をどれだけ地に足が着いていない雰囲気にするか、みたいなのが楽しい。

 

 ワンコーラスの長さはアニメサイズ、Cメロも盛り込む、ギターソロは勿論入れましょう… とやりたい放題だが3分弱に収まっているあたりに手応えがあった。

CMが来ても、OP/EDでも、歯医者のオルゴール BGMにも対応出来るものにしようと言うメロディへの気合が随所に出てる。タイアップの案件、お待ちしておりますのでいつでもお声かけください。

 

 ミックスはトリプルタイムスタジオ(東京)の岩田さんによるオンラインミックス。特にリズム隊に関しては「これぞ」な音で返ってくるし、空間系の扱いは慣れ親しんだ質感だったので、数回リテイクをお願いするだけで基本はお任せだったと思う。EP収録に際してマスタリングはやり直してもらったが、スムーズさより少し角が出た質感を押し出して各フレーズが分かりやすくなった。

 

 

▼M2. 22  (レギュラー)

 瞳以降の連作デモの中でも反響が特にあったのがこの曲。イントロは幽☆遊☆白書のOP「微笑みの爆弾」が元ネタで、カッティングなんかにその辺りは出ているんじゃないだろうか。間奏はKawaii Future Bass で言う所のドロップ。もう少し淡々としたトラックをイメージを予想していたけど、マツヤマが持ってきたベースラインが信じられないほど動いている事から曲自体のイメージが塗り替えられるなど。

 

厳密には同じく人力Kawaii Future Bass /ハイパーポップを意識した「最大限」が出来た頃に鼻歌のデータが残っていたので、かなり前から構想はあった様子。「再放送」あたりが意に反して人気だったので、それなら同じようなの作ろうかと引っ張り出したのがスタートだった。よくメンバーにはこんな曲ならいつでも作れるよ、とか言ってた様な気がする。

m7-5の差し込み方とか、コード進行やギターのアプローチに関してはただの手癖感が否めない。1Bでやささくが生み出したネオソウル全開のフレーズだったり、マツヤマの気が触れたベースラインがなければ割と冗長な曲。ただ7thや9thっぽいコードボイシングが多かったので、その辺りに反応してメンバーはフレーズを持ってきた様に思う。特にマツヤマがその辺りを解釈して、リファレンスとしてキタニタツヤやFOALSを挙げていた。それらをどう咀嚼したらこのアホなベースラインになるのか甚だ疑問だけど、まあかっこいいから良し。

 

 ミックス作業は難航こそしていないものの、細かい作業が多く半日近く要した。前述の元ネタやベースラインのことで情報量が増え、田井中が持ってきた冒頭のフィルインが1975のShe's Americanっぽかったのでゲートリバーブをドラムにかけたいとエンジニアにお願いをしたところ、YAMAHAのREV7実機を使って実現することが出来た。80年代っぽいリズム処理、ギターはネオソウルの文脈、ベースは近年流行りの「リードベース」的な仕上がりになったので曲自体の時代考証はかなり滅茶苦茶かと。

バックで鳴っている機械音の様なシーケンスはREC後に自宅で打ち込んだもの。Arcadeと言うサンプラープラグインで作ったボコーダーを素材のループ、後はローズピアノ系の鍵盤がポイントでダビングしてある。基本的にはライブで再現できない楽器は入れたくないと思いつつ、あくまでドラムのサンプラーで乗り切れる範疇に。

 

 楽曲全体で歌っているのは「金ないよね」と言うだけの内容であり、タイトルは手取り月収の額面。当初もう少し歌詞をコミカルにしようかと思ったが、メンバーやエンジニアに反対されたので繰り返しメインになった。ミックスを含むポストプロダクションの手法と、その発想がチープなものになったので宅録時代との間の子っぽさがある。

 

 

▼M3. 優しい幽霊  (1カポ)

 初めて弾き語りで作った曲であり、当初スリーピースだったcolormalのバンド形態でセッションしつつ産まれた曲なので、出来たのは2019年初頭だった。今後もソロの再録はするにしても、今回音源にしなければ二度とタイミングはなかった様な気がする。

全体的に肩の力を抜いて、というか我々らしい音作りをそのままコンパイルした曲になった。ベースをリアンプで収録する際にEDENのアンプをチョイスしていて、いい意味で低体温なローの質感と埋め具合が最終的な楽曲全体の繋ぎとして作用している。2回あるギターソロのうち、1つ目はやささくで2つ目が自分の考えたフレーズ。他の楽曲もどちらが考えたかは割と分かりやすいが、特に本楽曲は聴き比べるとギターに対するお互いのアプローチが分かりやすくて面白いと思う。

 

 バンド形態で活動をスタートさせた頃はとにかく友人各位の躍進が目覚ましく、「自分はついていけないけどまだ音楽をやっていいでしょうか」と問いかけるような情けない内容になっている。今となっては自分の方が長く続けてしまっている事に気づく瞬間も増え、色んな面で幽霊をモチーフとしたことで感情的になりやすい内容に。タイトルからも判るように大きな怪獣と対にしているけど、今となっては意図を覚えていない。

コードが予測不能な動きをする時は、メロディが安心するもの。メロディが王道を進む時はオケにスパイス、トータルして誰もが納得して欲しい。どちらも予想を裏切る天才ではないことを大きく受け入れて、諦念めいたポップスを突き詰めるきっかけになった。

決して幽霊を冠した意図と関わりはないが、制作した2019年と2022年それぞれに親しい人が亡くなってしまったこと、結成当初から演奏してきたことで自分の中での捉え方が変わって、曲自体の成長性を初めて感じた一曲でもある。

 

 当時サポートだった田井中、うえまや姉さん(現Start A People)と演奏が終わるたびに「ええ曲やな…」と口にしていたのが懐かしい。メンバーに褒められる楽曲がまず大事ですよね、と言うバンドに於けるプリミティブな感動体験を教えてくれた楽曲でもある。

 

 ミックス前にグロッケンとメロトロンを打ち込みで入れているけど、どちらもフリープラグイン。特に面白いのはイントロのリードギターにかかっているリバーブ。これもフリープラグインで、「幽霊っぽさ」を出す為にValhallaのSupermassiveのピッチ揺れする設定を手作業で行なったり。その辺りの塩梅は遊びに来てくれた下川(ex.BSSM)と話し合いつつ。

わからない方向けに説明すると、バーベキューに急遽友達を呼んで焼き加減で盛り上がったよという事です。ちなみにその間メンバーは暇そうにしておりました。私が同じ輪の中に入れないのはこう言った協調性のなさから来ているんでしょうね。

 

 

▼M4. (tandem)

  インタールード。あまりにべたな演出だよな、とは思いつつもそれが相応しいだけのメロ強度を持って次曲の「アンセム」に繋がっているのでギリセーフ。通しでチェックしているときにここでグッときたので、無駄ではないはず。

レコーディングとミックスを全て終え、最後の最後に1発で録り。コンソールルームの扉を開けっぱなしにしてマイク一本でスタジオに漂う思い出ごと録音したイメージ。メロディはデモ時にBメロの候補になっていたものを流用した。

 

 

▼M5. アンセム (レギュラー)

 2月のワンマンライブが延期になり、どうせ延期するなら新曲をと制作した。僕の中に宿る亀井亨のメロディセンスに対する信仰心が強く出ていて、リファレンスには“想うということ”あたりを据えてある。完成当初あまりにメロディに既聴感があったのでメンバーにパクリになってないか確認をした記憶がある。

 

 製作を進める中で、ベースのマツヤマが入籍を決めたこともあって歌詞の内容は全て彼の、と言うか一友人に向けた内容になった。ディディールは色々ありますが、伏せます。ワンマンに来てくれるようなコア層の人たちに向けつつ、並びに友人の門出を祝うという意味で広義のラブソングなんだろうな。

 

 ミックスに関しては冒頭のギターリフに大胆なリバースディレイをかけている点が面白いかもしれない(L側にリバースを飛ばしています)。J-POPアーティストがUKロックを雑に咀嚼したものをパロディにする、というメタな感覚をエンジニアも理解してくれていたので、最もスムーズに作業が進んだ。飲み会で“Don't Look Back In Anger”を合唱するような青春を、思い出して慈しむというオタク仕草でしかない。

特にボーカルに関しては、チェックの為に一回通しで歌ったテイクで殆ど本採用になったので、冒頭の歌うことへの姿勢が変わったことを一番顕著に感じられるのはこの曲。最近the band apartのインタビューで、歌録りはテイクを重ねると言霊がなくなると答えている部分があって大いに納得した。この曲もあまりに小っ恥ずかしい内容の歌詞だが、テイクを重ねていないからこそ真実めいて聴こえるようになった。

 

 Sus4をそれらしい文脈で使ったり、ブルージーな要素がないバンドが使うブルーノートっぽい音運びがこの曲の「ベタだけどグッとくる」ポイントになればいいなと考えながら作曲した記憶がある。ダビングするとすればホーン隊が欲しいタイプの質感。サビの後半に一瞬だけ現れるコーラスラインは田井中から提案された音程で入れていて、トランペットっぽいフレーズなので腑に落ちたりした記憶がある。

 

 バンド全体で後ろノリなのか、はたまた単に不安定なのかなんとも言えない居心地のいいタイム感に仕上がっていて。このあたりはなんだかんだでバンドとして活動してきた期間の集積みたいなものを感じられるポイントであり、当事者にしか分かり得ない感動ポイント。

「延命」とかと同じような評判が上がっていて、意外と皆さんシンプルで頭に残る歌メロがまだ好きでいてくれるんだねと。

コード進行も我々の中で最もシンプルなのでコピーにもオススメ。珍しくギター隊も両者リアピックアップを選んで演奏したりと、奇を衒わないマインドが共有されていて良かった。特にギターソロは過度にこってりとしたヒロイックなフレーズで、これに関しては自分の手癖では出てこない内容。

 

皆さんも挙式の際には是非こちらの楽曲をお使いください。今のところJASRACフリーなので使い放題。出張で演奏する際は実費を頂きます。

 

 

▼総括

 音楽が幅広い年代に同時に聞かれる為にはメディアでプッシュされることが最短経路だと思うが、そう言ったことではなく「10年後も演奏できるし恥ずかしがらず聴いてもらえる」とか「親がカーステで流したら子供が良いなと思う」と言った、一旦個人で消化された後に広めて貰えるような音源に出来たらと言うのが理念だった。

近年の「常人には理解されきれないセンスを持った人たちが、みんなに分かってもらえるレベルまで視座を下げて曲を作ってくれている」と言ったものをありがたる構図がいけ好かなかったし、その実は自分にセンスがないことを一旦飲み込んでやっているだけかもしれない。平凡な表現者であることを楽しみたいと思う。

 

一旦は歌モノ、並びにシンプルさで胸に訴えるみたいなものには終止符を打てる内容になったと思います。もちろんこれからもメロディから逃げず良いものを作るけども、少し実験的なタームに入りたい。ニッチな内容は何処かで話す機会があれば… と思いつつ。

今後もcolormalをよろしくお願い致します。

 

 

▼主な使用機材(おまけ)

 

Fender Japan Jazzmaster

瞳のみ使用。かなり手を入れているので、トラディショナルなジャズマスターに比べてトレブリーさが少ない。メンバーには呪いのギター扱いされている。主な変更点はピックアップはレトロトーンのVelvetone、ポットはトーンのみ500kΩ、ネックはメキシコ製。

https://nakami.jp/colormal-nakami/

 

Fender American Professinal Ⅱ Jazzmaster

ワンマンに向けて登用したもので、他の3曲はこれ。あくまでジャズマスターの範疇を守りながら弾きやすく、かといってモダン過ぎない音色が素晴らしい。特にネックの感覚は今まで弾いたギターでも一番ストレスフリー。最新のフェンダーって、いいっすよ。恐らく今後あまり出てこないと思います。

Fender Bassbreaker 30R

奇妙な箱鳴り、変なミッドが特徴のアンプ。プリアンプはマーシャルっぽいが、総合的な質感にほんのりとVOXを感じる。正直飽きてきたし、纏わりつくローの質感が鬱陶しいので買い換えようと思いつつも、色んなメーカーの雰囲気が感じられて懐が深いアンプだと思う。

・OKKO Diablo Dual

歪みは全編こちら。これだけでいいです。過去にART-SCHOOLでトディーが使用しているのを見て入手。アンセムのバッキングだけ「情けない」音にしたかったのでやささくからケンタ系のペダルを手前からブーストするなど。あとは22でショートディレイを借りた(empress Tape Echo)。